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整体光庵の春夏秋冬
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赤羽にあります整体光庵の代表 藤崎光生が春夏秋冬に綴ります
「からだのこと」「日々のこと」あれこれ不定期便
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ーうっすらの雪山へー

2012/02/02 23:34
先週の日曜日、寒いけど一日中快晴のようだったので山登りに出かけた。

この時期、雪があるので今まで行った事がない。

秩父、武甲山1304m。たとえ雪があってもそれ程標高はないので、大丈夫だと思った。

夜まだ明けぬ5:30自宅を出発。電車を乗り継ぎ西部秩父線、浦山口駅9:00着。

車内には、他の登山客も結構いたのだが、ここで降りたのは私一人だけだった。

いったい皆はどこに行くんだろうか。

登山口までの林道を歩いていると、踏みしめる雪は段々と深くなり周りもすっかり雪景に変わっていた。

登り口からは、林の中なので積雪こそ少なかったが急坂が続いていた。

やっとこさ尾根に出たと思ったら、あらまぁビックリ。

これこそThe雪景色。あたり一面真っ白。雪こそ降っていないが積雪約30cm。

先に登っている人がいたらしく足跡と歩いた跡が、わだちの様にうねうねと続いていた。

見渡せば、尾根を吹き抜ける風がそのわだちさえも、うっすらと消し去っている所さえある。

もしも、一番乗りで来て、こんな道しるべさえもなかったなら、迷わずとっとと引き返しただろう。無理は禁物です。

電車降りたのも一人。いまもって誰とも会わず、見渡せば雪だらけ少し不安になってきた。

快晴なのだが、映画八甲田山雪中行軍のシーンがちらっと頭をよぎった。

ここには風の音と、ふいに梢から雪が落ちる音しかしない。空気は凛と冷たく、太陽の光は舞い散る細かく乾いた
雪の粒にキラキラと跳ね返っていた。

こんな感じもいいなと思った。




しばらくして、下山してくる人と出会いチョットほっとした。彼はストックなしアイゼンなし短パン、スパッツの私
を見て少しギョッとしていた。

私は寒いのは平気なのだが指先だけはつらいかった。なので次はホカホカ手袋と軽アイゼンは念のために揃えようと思った。

頂上には6、7人しかいなかった。皆一人で来ていた。こんな季節に登ってくるのは、ちょいと変わっているから
一人で来るんだろうなと自分のことも含め納得した。

下山途中、小学校前と思われる男の子とその父親が小脇の倒木に腰かけ食事をしていた。

今はさっぱりついてこないが、私の息子も彼が4、5歳の頃から二人でよく山に行っていた。

おもわずその時の事が思い出されて嬉しくなった。


横瀬(よこぜ)に下り、武甲温泉でドボンと湯につかり赤羽へ帰ったのでした。
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-あの店はー

2012/01/30 22:02
先々週の土曜日早朝、JR王子駅付近の建物から出火し、電車の送電線に飛び火して半日運休になった。

そこは、古い木造二階建ての長屋で、桜新道(さくらしんどう)と呼ばれていた。

一階には数件の飲み屋さん、二階は住居になっていた。

土地の人に聞くと昔の赤線のあとだそうだ。

桜の名所飛鳥山公園の裏手にあり、唐突にそこだけ昭和の香りが湧きたっているようだった。

ビートたけし主演の映画「血と骨」のロケにも使われたのも分かる気がする。

電車からも見えるその謎めいた建物と飲み屋さんは、とても気になる存在だった。


私は得体の知れない店にフラリと入るのが好きだ。

王子に所用があったので、さっそく桜新道にも行くことにした。

その怪しい店の扉を開けると、中にいた客が一斉に私を見る、店に負けない怪しい風体の私を見て客は
ちょっと引いた。

なんのことはなく、地元のおじさん、おばさんのたまり場で皆和気あいあいと飲んでいた。

遠いので、それっきりになってしまったが、今回の火事で思い出した。

長い時でしか紡げない不思議な空間がまたひとつ無くなってしまった事は、本当に残念でならない。
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ーおあとがよろしいようでー

2012/01/19 21:32
仕事をしていると、時に患者さんや私もとんでもない聞き間違いをする事がある。

最近ちょっと腰が砕けたこと。


来院した女性の患者さんに「着替え貸しますか?」とたずねた。

彼女は「はぁ?!」という顔をした。

そこで、もう一度聞いてみた。

彼女は何故か、少しホッとした顔で、「持ってきたので大丈夫です。」と答えた。


後で、さっきの「はぁ?!」について話してくれた。

「着替え貸しますか?」が「気合入れますか!」に聞こえたと。

おあとがよろしいようで。

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-断捨離ー

2012/01/15 22:20
近頃、普通に聞くようになった。

ブームになる前に本で読み、ごもっともとうなずいては、私もきっとやるべぇと思っていた。

しかし言葉が表舞台に出てくると同調圧力というか何というか、これをせねば幸せが・・運が・・はたまた人生が・・
などと声も高くなってきた様に感じる。

元来へそが曲がりきっている私はこんな風になってくると、つい大きなお世話だと思ってしまう。

なので、好きなものに囲まれるのは心地いいし、第一気持ちが豊かになるではないか、だからこのままでいいのだと思うことにした。



しかし、物を捨てられないうえに、穴ぐらのような私の部屋には時間と共に限界がヒタヒタと迫ってきていたのだった。

そして、困ったことに、私には箱及び袋収集癖がある。

靴を買えばその箱、クッキーを貰えばカンカン、そーめんを頂いたらこれの木箱。

さらには、それの手提げ袋各種。もれなくキープ。

これから先、きっと彼らにも第二の人生があるんじゃなかろうかと思いとっておく。

その為、室内密度は確実に高くなり貴重な空間を潰しながら壁のようにメリメリと迫って来るのでした。

さすが穴ぐら式住居、もう物理的にギブです。

なので2012年は、慣れない捨て捨てマンに変身することにした。

家に帰れば穴ぐらにこもり、地味な仕分け人ともなっているわけです。

まだ道半ば、心が折れそうになりながらも時期はずれのゴミ出し大会に励んでいる今日この頃なのです。
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ー1月3日 末広亭ー

2012/01/08 22:45
1月3日、高校生の娘と新宿末広亭に行った。

正月で縁起物だからだろうか超満員だった。

普段はあまり見かけない家族連れや、若い女性も多くとても華やいでいた。

正月興行は、これから1年の顔見世のようなものなので、いつもより大勢の芸人さんが出る。

夢之助さんは、新春芸人カタログなのだと言っていた。

その分、持ち時間は短くなるので本格的な噺とは行かないようだった。

しかし、寄席は初めての娘にとっては、かえってとっつきやすかったみたいである。

TVで見かける芸人さんもいたりして、大喜びだった。


終わってから同じ顔した2人、新宿の街をプラプラしご飯を食べて帰った。

彼女は休日も部活で時間がなかなかとれない。元来がいたってのんびり屋なので、しばらくは親父にもまだ
付き合ってくれそうだ。

タイミングが合えばまた誘って見ようかと思っている。


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ー1月1日ー

2012/01/01 13:06
明けましておめでとうございます。
 
最近は、正月の凛々しさはまったくなく、ただただのんびりと過ごしています。

皆さまはいかがですか。

明日は娘と寄席に行ってみようと思ってますが、どうなることやら。

今年はとりあえず、3ヶ月きりっと正しい生活を送り、ぴりっとした肉体を作りたいと思っています。

3ヶ月と言うところが何となくリアルで出来そうな感じでしょう。
                                 

楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、辛いこと、また沢山の物語が始まります。

どうぞ、お身体ご自愛下さいませ。

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ーワイルド アドベンチャー −

2011/12/16 22:06
久しぶりに休みの日が、晴天だったので友人と山に行った。

朝の5時半、まだ外は暗い中、車で迎えに来てもらい目指すは群馬、妙義山。

いくつかの山で形成されていて、高い山でも1200メートル程しかない。

しかし、その山容は切り立つような岩山が林立し、まるでノコギリを横にしたようである。

日本三大奇勝の山でもある。

資料には、一般登山者は山頂付近の上級者登山道へは危険なので入るなと書いてある。

おやじ2人危険はいやなので、ここはとても素直に山腹を横に通る道をのんびり歩いていたのだが、しばらくすると
こんなのつまらんという事になり、急きょ山頂に向かった。

横道から、沢を上ったのだが、先ほどの道とは天と地ほど違う、とてつもない急坂をえっちらこっちらと行くことになった。

なんとか尾根にたどり着き、そこから一番近い山頂を目指した。

登ってみると下から見上げたよりびっくりするほどの断崖絶壁でその上にちょこんと乗っている岩が山頂だった。

眺めは最高だが、お腹がスースーして、そこに立ち上がる勇気はとてもなかった。

それから、尾根沿いに鎖場多しの縦走をしていたのだが、出会う人はまばらで、彼らはヘルメットをかぶり、ロープやらを装備していた。

何やらキケンのかおりがプンプンしてきた。

尾根が何連もつならり、いいかげんへばってきたところに、ついにお出ましになりました。 

かおりの元締め、最難関 たかも引き返すという絶壁。

その名前は「鷹返し」。

鎖と2段のはしごで、その長さ約150m。

絶壁の150mですよダメです、絶対アカンです。まだ命は賭けられません。

見上げれば人間はごくごく小さくモソモソと動いていた。

マップにも落下死亡事故多発と書いてあるではないか。

おやじ2人は見ているだけで腹いっぱいになった。

躊躇なく元の山腹のんびり道に下っていったのは言うまでもない。

最初5〜6時間の予定が結局8〜9時間山中をうろうろしていた。

帰りに、麓の妙義ふれあいプラザ「もみじの湯」でかろうじて英気をやしなう事ができた。

なにはともあれ、ケガもなく無事でなによりだった。

それにしても、なかなかワイルド アドベンチャーな山でした。



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-干すと美味いー

2011/12/09 21:21
11月のはじめに友人から大きな柿を7,8個貰った。

干すと何故かとても美味しくなる渋柿である。

初めての体験なので、こんなんでいいのかなと思いつつベランダにプラプラと下げてみた。

天候によっては外に出したり中に入れたりしての1ヵ月。

表面もカラカラしてきて、シワもだいぶ深くなってきた。

なによりも待ちきれなかったので先日恐る恐る味見してみた。

いゃ〜自分で言うのもなんですが、びっくりする程うまかった。

外はモチモチ、中はトロトロ。

この状態で良しとした。

食べた人からは星3っ頂いた。

なので、調子に乗った干し柿職人は来年もっと作るべく、柿もぎり隊の一員として、収穫から参加したいとの事を
速攻で彼に伝えたのでした。
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ー冬への決意ー

2011/11/26 21:08
そこには12月、されど腰下いまだ夏もよう

見渡せば、小学生かガラスに映る我一人

短パンが好きです。

すれ違う人は、こんな大人とは関わり合わないのがいいのだと目をそらす

はたまた、なんて事だとガン見する。


歩けば暖かい

足に布がワサワサまとわりつかないのも心地よい

寒けりゃ脚絆のようなウォーマー。

そんな時は忍者・旅のお人と呼ばれる

人の目を気にしない強い気持ちをはぐくんでみたい

この冬は短パン野郎になってみよう。

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ーエクササイズな一日ー

2011/11/21 20:51
昨日の日曜日は山に行く気満々だった。

しかし、土曜日は夜まで一日雨だったので、明日もあかんべぇーと勝手に思い、その夜は酒を飲んだ。

翌朝、曇った頭で目覚めると、快晴だった。

こりゃ残念でしたねとばかりに、お日様がどうだい顔をしていた。

悔しいから、行ったとしても足元はヌルヌル、グチャグチャで滑って転んでいろんな所にアザとかこしらえて
ドロドロで帰ってきたに違いないと思い込むことにした。



ここは気を取り直し、息子のリクエストに答えるべく、またまた動物園へ。

今回は三回程行っている多摩動物公園。

ここはなかなかの奥地なので車で行く事にした。

高速を使ったら一時間ほどで着いた。

この動物園は山の麓から始まり、谷やら丘を利用しているので、水平な道はほとんど無い。

これなら山登りに行かずとも半分はそんなもんだと納得することにした。

息子の頭の中は、すでに園の情報は入っている。

そして、いつもの様にくまなくあっちゃこっちゃ。

ここはライオンサファリが子供達に人気でバス乗り場には長い行列が途切れる事は無かった。

さらに、昆虫館では野原在中、世界最大のゴキちゃんも違う意味の人気で皆を迎えてくれています。

足腰を鍛えられながら3時間ほどウロウロした。

赤羽に帰ると、これまた彼のリクエストにお答えして、そのまま温水プール、元気プラザに直行した。

随分とエクササイズな一日でした。

次の休みは間違いなく山に行く。

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ーズーラシアー

2011/11/07 21:39
息子は中学生になっても動物園が好きで、6日の日曜日も少々天気は悪かったが、横浜ズーラシアに二人で
出かけた。

車で行ったことはあったが、今回は電車を使ってみた。

いゃー、遠かったです。

片道1時間30分オーバー、電車を乗り継ぎ最後はバス。

それでも、この動物園は息子も私も好きだ。

緑が深く、何かしっとりとしているのが、いい感じなのです。

ここに居るオラウータンはアクリルで隔てられている一番近い所にどかっと座り込み、片肘をつき体を少し斜に構えたやさぐれポーズで人間観察をしている。

ズーラシアに行った際は、このお茶目な彼を見逃さないように。

いつもの様に全てをくまなく見て回り、息子はチーズのせ牛丼大盛りを、がっつり食べ大満足で赤羽に帰ったのでした。

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-上野にてー

2011/10/31 23:32
上野の美術館で少しマイナーだが好きな展覧会があったので、日曜日の午後から行ってきた。

私は家で、じとっとしている事があまり得意ではないので、休みの日は大体、外にホイホイ出かけている事が多い。

展覧会の会場でトイレに入ったのだが、ドアを開けて中に入ると、目の前にとても怪しい男がこちらを向いて立っていた。

たどり着く前に、おもわずちびりそうになった。

しかし、よく見ると壁全体が鏡張りになっていて、その目つきの悪い輩は、確かに己であった。

こじゃれた内装ではあるが、ほかの人達はびっくりして漏らしたりしないのだろうか。



会場を後にして、せっかく上野に来た事だしと考えていたら、今の時間はまさしく、夜の部が始まる頃であろう
と、唐突ではあったが、ここは上野鈴本演芸場に行くしかないと我ながらナイスなヒラメキがあった。

私は、昔から落語が好きで、以前はよく寄席に行っていた。

しかし、この頃はもっぱら図書館でCDを借りて聞く事ばかりだった。


客は半分程の入りではあったが、老若男女違えども、好きな事を共有している空間は、とても居心地が良かった。

それに、生で聞くのは、やっぱり楽しい。

そして、上野であれば、展覧会ー寄席ー立飲み屋、このゴールデントライアングルルートの発見こそは、今回
思いもかけず無欲の収穫でした。
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ーヨーダさんのことー

2011/10/18 21:02
ヨーダという名前の猫を飼っていた。

スターウォーズに出てくる仙人の顔と似ていたのでそんな名前にした。



21・2年前、まだ独身の頃、夜遅く帰宅する途中ニャーニャーと子猫が後をついてきた。

当時アパートには寝に帰るだけだったし、猫もえらい小さいので飼うのは無理だと思い食べ物だけ与えて
外に出した。

しかし、それからというもの毎晩まるで、ストーカーのように、これまたニャーニャーとついて来た。

そんな訳で、しだいに情も移ってしまい、夜は部屋に入れて、朝一緒に出るという按配になってきてしまった。

私の部屋は2階だった。しばらくするとヨーダさんは窓から下に降りれるようになってきた。

勝手に出入りしてくれれば私も都合がいいので、留守のときは窓を少し開けておく事にした。

こうして本格的にヨーダさんの飼い猫人生は始まった。

そして、私も本格的に飼い主として、メス猫なので避妊手術を受けさせた。

入院中は毎日顔を出し、Dr.に少しあきれられた。



帰宅するとブサイクな猫がヨーダさんと部屋で逢引していた事もあった。

その時は腹が立ち、ブサオ君を追っ払った。

まぁだけど人やら猫の恋路を邪魔すると馬に蹴られるらしいので、私の居ない時の事は良しとした。

そのブサオ君は、けなげにも毎朝毎朝、1階からこちらを見上げミャーミャーと恋しいヨーダさんを呼ぶのを
日課にしていた。


私とヨーダさんで婿入りした。

引越しの時それこそ、かんぶくろとはいかないが、大きなバッグに詰め込んで移動したのだが、スキ
をついて彼女は逃亡した。

あちらこちら探し回ったが、何のことはなく空っぽになった、前のアパートの部屋にポツンといた。


新婚当時のアパートの周りは緑が多くヨーダさんはよく、トカゲやヒヨドリの子、スズメなどを玄関に置いては、
奥さんを叫ばせていた。

老年は外に出るのも少なくなっていたが、それでもそんな時は私も一緒についていった。

通りがかりの人には、猫の散歩ですかと聞かれたが、私は猫の徘徊ですと答えていた。

子供たちにも怒ることのない、性格のいい器量よしだった。

最後は猫に多い腎臓の衰えで死んだ。

19年目の12月の寒い日でした。

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-鹿児島 帰省ー

2011/10/07 21:57
10月2、3、4日と鹿児島に帰った。

両親は二人元気にしていてくれているのだが、なにせ超後期高齢者なので、家での力仕事や高い所の作業がキビシクなってきている。

そこで、兄貴は地元に居るのだが体調不良ゆえ、作業部隊の隊長として、一人勝手に思い立ち、勝手に出動してきた。



話には聞いていたが、たいがいにしろよ桜島。

爆発し過ぎ。

帰った日も、5回噴火してた。

風向きで、あちらこちらに灰を降らせ、町中がグレーである.。

実家は市内にあるので、まさにそんな場所でもある。

車は灰色、雨どいは埋まり、洗濯物は干せず、窓を開ければ部屋はざらざら、ひどい時は、傘をさしての外出、
目も痛い・・・・。

何もいいことは無いのである。

去年は900回近く爆発した。

私が居た頃は、それ程ではなかった。

やっぱり地中深く何かが起きているんじゃなかろうか。



今回のミッションは、風呂場のペンキ塗りと、灰まみれでやる高い庭木の剪定。

2泊3日で無事完了。


私の東京での友達が、縁あって鹿児島市薬師で「ウクレレ食堂」という店を2年前からやっている。

鹿児島に行く事があったら、ぜひ行ってみて下さい。とてもいい塩梅のお店です。

なので、一晩は、彼が店の記録だと言う程のビールをしこたま飲んできた。


次は春に帰って、雨樋の灰ざらいでもやろうかと思っている。
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ー桧洞丸へー

2011/09/29 22:58
このところの山登りは天気に恵まれなかったが、10月16日は台風の間の快晴が期待できそうだった。

なので、四股名の様な、はたまた船の名前の様な名前を持つ山、丹沢中央部にある桧洞丸(ひのきぼらまる)
1600mに行ってきた。

ガイドブックを見ると、ハードさを示す登山靴3のところの2となっていた。


赤羽駅5:30−新宿、小田急線、新松田駅ーバス終点、西丹沢自然教室まで。

そこから9:30頃、そりゃと出発した。

最初は沢沿いの道で涼しげな水音を聞きながら、こりゃ気分がいいわいと、さわやかに歩けた。

しかし、それは、麓だけで沢に沿って登るので、傾斜もえらくきつくなり、あっという間にむさくなってしまった。

何日か前に大雨が降ったらしく、道がよくわからない所もあり、見当をつけて行くと行き止まりという場所もあった。

なので、かすかに残る足跡などを探しながら歩いていると、まるで猪でも追っているマタギのような気分にも
なれた。

そして、鎖場や、はしごを上り下りしながら、12:00頂上へ。

昼食は、カップラーメン、(汗をかくので汁物が欲しくなる。なのでこの為にだけポットにお湯を入れて持ってくるのだ。)おにぎり3個、ソーセージ1本、バナナ1本。いつもガッツリ食べる。


登ったら降りなきゃいけないわけで、登りとは別ルートから下山した。

そして、ここも結構な急勾配で、さすが靴2であった。

麓には、キャンプ場もあって、売店にはビールもあったので、当然ここは見逃すわけにもいかず、バスを待つ間に
さくっと頂いた。

今回は膝も全く問題なく体調も良好で気持ちよかった。

3:40のバスに乗り、赤羽には7:00頃着いたのだが、なぜか自宅には10時の帰宅になり、奥さんには、
あなたこそ、携帯を持ちなさいと、きつく言われたのだった。
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-あぁ 十条ホロホロ日記ー      銀色星人乱入(2) ー私は見たー

2011/09/19 21:15
彼らは叫んでいた「火元はどこだ!」

はぁ・・・!?。

徹夜の仕事と学校と酒が知らぬ間にもこんなにも深いダメージを脳に与えていたのだと思った。

私は思い切ってことばに出してみた。「何事ですか!」と。

すると「火事です。火元はどこですか。」と叫び返された。

「か・・・・火事!!!」

思い当たることは全く無いが、ともかくこりゃいかんと、とりあえず目が見えないことには、お話にならないのでコンタクトケースだけを強く握り締め、野次馬でごったがいしている間をぬって、ヨロヨロと脱出したのだった。

そして、近くの喫茶店でコンタクトを入れ、良く見えるようになったところでまた引き返し、野次馬の一員としてかたずを呑んで成り行きを見守っていた。



当時、コーポ石山の入り口には、犬がつながれていた。

その犬は散歩にあまり連れて行ってもらえない様でそこいら中にウンチがあった。


入り口では消防の人達に大家のおばさんが状況を説明していたのだが、とても動転していた様子で、おばさんはおもっきり裸足であった。

そして、私は見た。

正確に両足共に,ガッツリそのウンチをふんずけていた事を。

その時、踏んでますとはさすがに言えなかった。

わんちゃんといえばは野次馬と火事に怯えて小屋の中にいたのだが、目の前で起きているこの惨劇
ほ見て、俺はやったぜとばかりに少し口元がゆるんだのを、私は見逃さなかった。



後日談・・・

結局、ぼやで済んだ。

皆が引き上げてから、部屋に入ると、襖や窓、全ての仕切りが取っ払われていた。

お座敷トイレの外の窓もどこかに行ってしまっていた。

大家さんにその事を言ってみても、今はそれどころじゃないので自分で探してくれと言われた。

なので、屋根の上に置かれたそれを見つけ出すまでの間、トイレに入ると半分屋外でしているようで複雑な気分だった。

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ーあぁ・・十条ホロホロ日記ー   サスペンス劇場   銀色星人乱入

2011/09/12 23:27
TOM BOYを辞めてから、これからは好きな事を勉強しようと思い、御茶ノ水美術学園、夜間の彫塑部に籍を置いた。


私は、ネオンサインの怪しい光がとても好きで、将来そんな光を使って何か作ってみたいと、ぼんやり考えていたので、昼間は九段下のウララネオンでバイトをしていた。

会社の仕事はビルの袖看板、屋上のネオンサインの制作設置が多かった。

時には、交通事情で、夜間工事をする事もあった。

当然、深夜から朝までとなり、そんな時は家に帰ったら、速攻爆睡という事になる。

銀色星人乱入事件は、まさにそんな状況の中で起きたのだった。


私は当時、コンタクトをしていたので、その時も枕元には、はずしたレンズを入れたケースを置いて、徹夜明け
の睡眠をむさぼっていた。

昼過ぎ、2階の私の部屋の窓がガタガタと外され、銀色の手が、にゅと入ってきた。

そして、その窓なし空間からは、何人ものこれまた全身銀色の奴らがドカドカと乱入してきたのだった。

これは何? リアルな夢か、はたまた昨日食べた、もつ焼きにあたったのか?

よく見えない目と、これまたうすぼんやりしている頭では、全く理解出来ずにいた。

更に彼らは、事もあろうに、そのごっつい銀色のブーツのまま私の事など、ほったらかしで押入れや台所
、トイレやらをバンバン開けて大声で叫びながら何かを探していたのだった。



                     −つづくー
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ーまたぁー 冬山か!ー

2011/09/06 00:16
9月4日、台風の影響でグズグズと、はっきりしない天気だったが、小川君と予定通り、富士登山に出かけた。

夜、12:00治療室前で待ち合わせ、3:00富士宮登山口駐車場到着。

車の中で少し仮眠し、霧雨だったので合羽を着て出発した。

今年の富士山は毎回、合羽君大活躍の年だった。

お願い回復してねと、お祈りしながらの登山であったが、残念ながら登るほどに気温は低くなり、吹けよ風、降れよ雨、かかれよ霧という状態になって来たのだった。

小川君は、最初の富士山がこんなキビシイ状態でとても気の毒だった。

まぁ、しかし考えてみれば、多分これ以上は無いと思うので、次回登るとき時は、もうすでに保障されている事に違いないと思った。


頑張って、気合で登っていたのだが、みぞれ交じりの暴風雨になり、あまりの寒さに8合目の小さな非難小屋に入った。

そこには、すでに何人かいて、皆参っていた。

この先は、もっと酷いことになっているのは前回の事で予測出来たし、なんせ体が冷え切っていたので、不本意ながら、ここは下山する事にした。

まばらに登ってくる人達もさすがに、ここで下りる様だった。

そんな訳で、午前中にはもう登山口に戻ってきた。

なので思いかけず時間はあるし、体も冷たいので温泉に寄ってから帰ろうと、これも何の支障もなく、とてもスムーズに決定した。

途中の御殿場アウトレッドなどには、目もくれず、男子二人ひたすらに温泉を目指したのだった。



御殿場市温泉会館、其の名の通り、思いっきり地元のくつろぎの空間だった。

とても自由で、のんびりした雰囲気が、すっかり気に入ってしまった。

なので、次回もこのパターンでと早速二人固く約束したのだった。

色々な事はあったが、自然相手なので、これもまぁ良しとしよう。

ただ、、車なので温泉に入ってからのビールとはならなかった事が、つくづくも残念ではあった。

しかし、思いかけず穴場GETの一日だった。



                  次回ホロホロ日記 銀色星人乱入につづく
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ーあぁ・・・十条ホロホロ日記ー

2011/08/30 23:17
            十条サスペンス劇場 (3)  −自首ー


十条被害者同盟、及びその仲間で協議した結果、犯人は彼しか考えられないという事になった。

当然、奴から連絡があるにしても、まだ被害にあってない人のところにしか来ないだろうから、もしそんな時には、
皆、協力のもと、素早く報告すべしとの決議を採択した。


案の定、連絡があった。

そして、これを受けた同士は、池袋の喫茶店で待ち合わせる事にした。

連絡を受けた我々も、少し離れたところで待っていた。

奴はやって来た。それっと、皆で取り囲んだ。

彼はグルリと見渡し、自首するとだけ言った。

それで池袋の交番に彼を連れて行ったのだが、着く直前いきなりダッシュして自ら出頭
して来た様な態をチャッカリ演じたのだった。

まったく腹立たしい・・・。

それからが大変で、被害者同盟全員も署に連れていかれ、状況をえらい時間をかけて詳しく聞かれ調書をとられたのだった。

グッタリした。


裁判が始まり、彼の母親は示談と嘆願書のサインをお願いすべく皆のところを回っていた。

しかし、実刑だった。

そして刑を終えた彼は一度だけ挨拶に来た。

示談は誰にも実行されなかった。

しかし、もう彼にはかかわらない事に決めたのだった。

ちょっと切ない記憶である。

                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今度の日曜日、天気がよければ以前のスタッフの小川君と富士山、富士宮ルートから登る予定です。




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ー冬山か!−

2011/08/23 00:44
21日、日曜日、少し天気は悪かったけど富士山登頂を目指しちょっと寝坊したが、自宅を朝3:30車で出発した。

今のシーズン中でも御殿場口の駐車場はガラガラだった。

なんせ、とても長いコースなので敬遠されているようだ。

ここも小雨だった。最初から合羽を着ての登山は今までには無かったことだった。

6:30出発。

中程までは何とかよかったのだが、それ以降は、はっきり言って、とんでもない嵐だった。

視界10メートル、風は20〜30メートル、冷たい雨が横殴りに吹きつけ、その雨風は前から後から、横からと絶えず
変化していた。

こんな様子なので、人も少なく大丈夫か俺と少し不安になってきた。

8月なのに指の先から冷たくなり感覚が無くなってきて、びびった。

合羽はがんばって良いのを買っていたことをこの時、本当に良かったと思った。

リュックのレインカバーは頂上に着いた時には強風に吹き飛ばされて、すっかり無くなっていた。

山頂の郵便局はかろうじて営業していたので、そこでハガキを書いて出そうとしたのだが、手がかじかみ過ぎて
、当分の間、文字が書けなかった。

局の人の話では気温は摂氏6度だそうだが、頂上では風は更に強く、体感温度はもっと低い気がした。

遮断する物が無いところでは、気をつけないと体が飛ばされそうになった。

郵便局での用が済んだら、どこにも行かず、ここはとっとと下山する事にした。

山頂での滞在時間約30分。

途中では、まるで映画のシーンのように、ちょっとした窪みで休みながら、真横にものすごい勢いで流れていく霧と、みぞれ交じりの雨を眺めていた。

まだ8月なのに、去年の10月に登った時以上の荒くれ具合だった。

16:30駐車場に到着。

そこでは、事務所のおばちゃんが、今から登るんだという一人の男性に行くのは止めなさいと説得していた。

軽装で、しかも初めての富士山らしく、時間もとんでもないし、しかもこの天気で、私もおばちゃんと同じように
彼はどうかしていると思った。



ともかくも、レインカバーは無くなってしまったが、怪我もなく無事に戻れてほっとした。

途中で肉とビールを買って、家でガツンと焼いて、ビシッと飲んで、コロッと寝た。

そんな、嵐の日曜日でした。
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